小ザカナちゃん。。。
衰弱していた小ザカナちゃんは、水の底に沈んだまま完全に動かなくなりました。死んだら水面に浮かんでくるのかと思っていたのですが、それは金魚だけなのでしょうか・・・?
こんな風に弱ってほとんど泳げなくなった魚は、金魚を飼っていたときの経験から、たぶん助からないのだろうなあ、と思っていましたが、やはり奇跡はおこらず、小さなちいさな水の生きものは静かにこの世を去っていったのでした。
金魚が死んだときのことを思い出します。
動きの悪い金魚を見つけるたびに、洗面器に移して塩水浴させてみたり、薬浴させてみたりしましたが、結局助かったのはいませんでした。
金魚が死んでしまうのがオソろしくて、洗面器の中で力なく横たわるたびに、洗面器の縁を指でコツコツとたたくと、はっと我にかえったように金魚はもとの体勢にもどるのでしたが、しばらくするとまた斜めに傾き、金魚が遠くに行ってしまわないように、わたしはまたトントンと洗面器の縁を指でたたくのでした。
そんなことを繰り返していると、身も心も消耗します。あんまり疲れたので、そのうちわたしは眠ってしまい、わたしが眠っている間に、金魚は永眠したのでした。わたしが眠らなければ、金魚は死ななかったのかしら、と思ったりした。
別の金魚が衰弱したときも、洗面器に移したけど、やっぱり助かりそうもなかった。
前の経験から、たぶんダメなのだろう、とは思ったけど、やはり金魚が死ぬのがオソろしいから、コツコツと洗面器の縁をたたいていた。でも、とても疲れる。そこで、金魚を川に放すことにした。
瀕死の金魚を川に放すほうが残酷な気もするけど、そのときは、自分の心が疲れすぎていて、色々な言い訳をつくりだしていた。結局のところ、あの頃のわたしは金魚が死ぬのを見届けるだけの体力も気力も無かったのだ。
さて、今回の小ザカナちゃん。助からないことは何となくわかっていて、とりあえず貝やエビに食べられないように、別の容器に移してほんの少しエサをやってみたけど、あとはひたすら放っておいた。
わたしは、わたしの日常を生きていくしかないし、わたしにはこのサカナを殺すこともできないけど、助けることもできないし、小さなサカナが死ぬのはよくある話で、要するに、わたしの力の及ばない範疇でのデキゴトなのだから、しょうがないのだ、と、受け入れて、小ザカナの入った容器を水槽の横に、死ぬまで置いておいた。
死にかけているサカナの横で、わたしはご飯を食べたり、テレビを見たり、郵便物を開けて読んだりした。それで良いのだ、とバカボンのパパのように思った。
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