殺陣は美し。
仕事がひと段落して、ちょっと気分がゆるんでる今日は、『陽○の○3』の放映日でもありました。
『陽○の○』もこれで3作目。しかも、これがシリーズ最終作になるらしいです。寂しい・・・。そんなことを知ってしまうと、終わらぬうちから寂しくなります・・・。
というわけで、毎週、毎週、大切に見ている『陽○の○3』ですが、なんか、3作目になってから、敵役の動きが忍者っぽくなってきたというか、『スケバン刑事』の悪役っぽくなってきたというかで・・・えぇぇぇぇ、という部分もありますが(前回なんて、ラーメンマンみたいな中国の武術家が登場しちゃうし・・・)、ま、前作と同じレベルではイカン! という制作側の熱意と思うことにしております。そして、このバカバカしさのおかげでわたしの寂しさも紛れるし。。。
さて、今日から磐○さまが若様の用心棒になりました。衣装も変わりました。着物の赤い裏地が好きなわたしとしては、袴スタイルはちょっと残念です。でも、大役をおおせつかって、殺陣のシーンが長くなったようで嬉しい♪ 前回、ラーメンマンの洗礼を受けたわたしは、もう、磐○が手裏剣を刀ではじき返しても笑いません。
奈緒も江戸に戻ってきちゃうし、来週はますます見逃せませんなあ。
『陽○の○』シリーズは磐○の衣装のせいか、殺陣のシーンがけっこう好きなのですが、たぶん、衣装のせいばかりではないのでしょう、と最近思うようになりました。
というのは、春休みにハマって一気に見ていた『ロード・オブ・ザ・リング』三部作ですが、あんなにステキなヴィゴ・モーテンセンでも、剣を振り回して戦っているシーンを見ると、ああ、無様・・・と思ってしまうからです。
日本の時代劇を見慣れている者にとっては、あの動きはちょっと、無駄が多すぎるというか、力まかせというか、うーん、美しいとは思えないですねぇ。ヴィゴは確かにカッコイイのだが。
子どもの頃は、時代劇の殺陣のシーンを見ると、「ひとりずつ順番に切りかかっていくなんて、ヘンじゃーん」とか思ってたけど、あれって、ハリウッド映画でいう「アクションシーン」とはあきらかに別次元のものなんでしょうねー。
何が違うのか。
殺陣のシーンには「美」があるのです。単に、悪者をやっつける、というだけではなく、というか、やっつけることは二の次、と言ってもいいほどに。やっつけ方こそが目的、みたいな。
殺陣は、一種の「舞」じゃないかと思います。
わたしは高校時代、剣道をやっていましたが、やはり上手な人は姿勢が美しく、構えもきれいで、つい見とれてしまいました。間の取り方もいいのです。
お笑いも「間」が重要ですが、武道においてもそうでしょう。
人と人とが対峙して、間には張りつめた空気が漂っている。ただ見合っているだけのようでも、そこには「気」の交流みたいなものがあって、刀を交えずとも、火花を散らせて戦っているのです。
そういう、精神レベルでの戦いみたいなものに反応したくなるのは、日本人特有の感情なんでしょうかね~。
わたしのDNAには、剣術に感応する何かが含まれているように思えてならないのでした・・・。
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