翻訳っていうのはね…
去年の暮れ、無性に伊藤比呂美の文章が読みたくなり、地元図書館で適当な本を探していたら、たまたま樋口一葉の『にごりえ』の現代語訳に行き当たった。
伊藤比呂美以外にも訳者は3人いて、島田雅彦、多和田葉子、角田光代という顔ぶれ。
「翻訳」といってもこれは古文から現代文への翻訳。ははあん、こういうのもありだよなあ、ということで読んでみた。
訳文は、四者四様。同一人物が書いた原文とは思えないくらいに違う仕上がりだ。わたしは高校時代、勉強をサボっていたから古文の知識は皆無に近いのだけど、それでも何となくそれぞれの訳文に感じ入るところはある。以下、古文のわからぬアホの戯言。
この中で一番「正統派」のような気がしたのは多和田葉子の訳文だ。現代語訳になっているけど、現代の話ではないという臭いもして、訳文も一番品がある感じがした。
伊藤比呂美の訳は、多和田葉子の訳文とは全然違う文体だけど、天才的なセンスで現代口語訳に生まれ変わっており、人間臭さがぷんぷんと立ち上ってくるところがすごいなあと思う。この人はホントに言葉づかいの天才だ。
文庫の終わりにはそれぞれの訳者による後書きもついているが、ここでも伊藤比呂美は感性の人で、多和田葉子は「正統派」な人であるのが面白い。
多和田葉子は後書きの中で、翻訳作業を通して感じた迷いや、諦め、うしろめたさに言及しているが、だからといって翻訳を否定するのではなく、逆にそうした感情の中に敢えて踏み込んでいくことで「未知の日本語」の可能性が開けてくるのではないか、として一葉の現代語訳という作業を多くの人に勧めている。
翻訳というのは常に罪悪感のつきまとう作業であるから、共感するところが大いにあり、だけど翻訳なんて意味がないと切り捨てずに、むしろ一葉の翻訳を多くの人に勧めると書いてあるのは、なんだか勇気をもらった気分。翻訳が切り開く世界は確かにあるんだぞう。なんてね。
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